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ご無沙汰していました [写真]

 長い間、お休みをしていました。身体の調子をくずしていましたので
書き方を忘れてしまった状態です。
 少しずつでも、頑張ってみようと考えているところです。
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ケ-キでも焼いてくつろぎながらゆっくり考えてみましょう。
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水のきれいな島原市へ [スケッチ]

 日本列島は、関東を中心に、異常気象による何十年ぶりといわれる大雪。
それからすると、九州は、比較的被害が少ないので、贅沢は言えない。
寒くても、我慢をしていかねばと思う。
 お天気を見ながら、車を走らせてみることにする。考えると、遠出も、ずっと
いままでからすると、回数が減った。ガスの値上げが原因だが、長崎はガスが
全国一高い県だそうだ。何とも解せない話だ。
 港は、沢山あって、陸揚げには不自由しないが、離島がたくさんあることが
理由らしい。お隣の佐賀、福岡と比べても、かなりの差がある。
おまけに、小生の車は、ハイオクタンときているので、最悪も最悪。
これも、思わず、知らずのうちに、年よりのグチになってしまう。

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 天気は、良いが、風が冷たい。有明海を右手の見ながら、唐比、愛野、レインボウ道路経由で
車を走らせる。正面は、雲仙普賢岳。手前は、愛野の展望台。
 下道は、信号が多いし、時間がかかるので、島原行は、このレインボウ道路を使うのに限る。
 去年、東平氏と展望台で、ジャガイモのくしフライを、頬ばったことを思い出す。


 島原へのお目あては「青い理髪店 」といわれる木造洋館の建物があるので
観てみたいというのがあって、帰りには、水の湧き出ているところを訪ねることだった。

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 成程、島原には、何度も来ているので、見逃すはずはないと思っていたが、立派な建物で
現役の床屋さんだ。もっと、古いものと考えていたのだが、しっかりして、堂々としている
のには、驚いた。
 青いペンキの色と、歴史を感じさせる玄関の飾り造りは、風格があり、窓枠の形の良さに
も感心させられる。以前見たのでは、佐賀県鹿島市の浜町にあるのと、ほぼ、同じくらいの
ものだ。、しかし、まあ-よく残して、保存されたものだと、先人のご苦労に感謝する。
先のほうに見えるのは、島原城。


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 すぐ近くに、町家の酒の造譲処を見つける。町家は、完全ではないが、修復
されて昔の佇まいが残されている。
 珍しいのは、軒下にある、竹で編んだ囲いが目を引く。今では、京都あたりで
ないと、お目にかかれないものだ。歴史を感じさせてくれる工夫が、されている。

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町家の「しまばら湧水館」-。植え込みに囲まれた一角に見つけた庵。庭園に池があって
鯉が泳いでいた。 入場無料で、自由に這入って見物ができる。素敵なところだ。

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スケッチしてみたが、拙作で、恐縮。ご勘弁を・・・・。


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道端に、本当に、きれいな水が流れていて、そこには、自由に水飲み場としてあり、
鯉が、気持ちよさそうに泳いでいる。
観光客だけでなく、多くのここを行き交う人達が足を止め、清流で気持ちを、癒やしていた。











 



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ちょっと一息 [写真]

  固い記事を書き続けましたので、疲れました。ここらでほっと一息入れようと 思いました。   
 もう長いこと、筆を持っていないので、古いものしか無いです。
 申し訳ないですが、雰囲気を変えて、記事を書いてみます。
 そのうち、気がむいたら・・・と思っています。
 正直なところ、友人で、プロの画家の作品の後には、気遅れが して、しばらくは、絵を描くこと、その気には、なれない心境です。

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ケ-キは、フランスの家庭で焼かれるという「サヴォオ」、手焼きで作ってみました。
バタ-を使わないスポンジケ-キなので、とても、ヘルシイ-なケ-キです。
正式には、ビスキュイ・ド・サヴォオという名で、軽い口当たりの味です。


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 客用に、スイ-トポテトを焼いてみました。さつまいもの皮を
傷つけないように、中身をくりぬくのが難しいです。
隠し味に、ア-モンドプ-ドルをバタ-といっしょに練り混んでいます。
今のところ、絵を描くより、こっちのケ-キ作りの方が、気持ちが 軽くて楽しい感じです。


ホテルの建物から、夕陽の射すハウステンボス。      水彩 F6
気に入らず、しまい仕込んで いたもの。 悪しからず、お許しを。                           
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思い出した絵から-雑感 [水彩画]

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 最近、ふと、思い出したことです。画家・東平哲弥の個展が、終わったのは、去年の
暮れでした。
 左の写真が会場の「児童絵本美術館」でした。ここを訪れた時に、何処かで見たような ことがあるな?と思いつつもそのまま、過ぎました。

 先日、古いスケッチを整理していると、出てきたのが右の一枚でした。 何処か似ていると思いませんか。そっくりとは言えないまでも、よく似ているのです。
 東平哲弥氏とも、見たような会場の建物だと、語ったりしたこともありました。
 あまり、大したことではない事なので、「記事にするまでのことでは・・。」 一笑に
伏されれば、それまでのことなのですが、閲覧する方には、大変、恐縮に思いますが
お付き合いください。


 右の絵は、7,8年前、いや、もっとかもしれませんが、幼いころから見慣れ、遊び興じた
通りの一つの佇まいである、懐かしさをとどめる建物。「キリスト教の教会」だったのです。
大きな教会だけでなく、ここ、長崎には、歴史的にも、小さな町にさえも、幾つもの教会が
あるのです。

幼い頃の、うろ覚えの記憶では、門札には、書かれていたように思います。
 戦時中~終戦直後ぐらいまでは、キリスト教というと、迫害され、ひどく世間では
嫌われたものでした。その後、咽喉科医院?になって、明治・大正時代の建物である
ということは、聞かされて、知っていました。

 時が過ぎ、人が住んでいるか、いないのか、はっきりしない中、老朽化が進み、解体作業が
始まるという噂話が、出たのでした。これも、ハッキリしないのですが、7、8年前のこと?。
 この通り一帯は、お寺さんに燐して、長崎でも古い町屋が、多く立ち並んでる所で、中でも
ポツンと一軒、珍しく洋風で、花枝・蔦で覆われた、エキゾティックな建物でした。


 残しておくべき建物だと、思ったのは、多くの人達が・・・。 
 小生一人では、ないはずだと、思います。 
 「それじゃ、残しておかねば」という、思いから、近くの町屋の商店街と、一緒にスケッチ
したものの一枚でした。 

 現在では、取り壊され、ビル、マンション、駐車場とガラッと、豹変してしまいました。
隣の通りに、昔の風情の残る町屋があるんですが、住民の強い願いで、どうにか町屋
として残されるようになりました。それもたった一軒。 でも、ほっと、安心したことでした。

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聞くところによると、長崎の祭の代表、-日本「三大祭りのお宮日」-に所縁のある家だから
という、理由によるということだそうです。「長崎さるく会」の案内の一つとして必要になった。
お宮日くおくんち>という観光資源と関わりが深いので、無くなると、困ることだからだと。
それも、今に至って・・・・です。

 
 これには、マスコミにも責任があるのでは?とも言えます。
 華やかさの部分の報道にばかりに目が行ってしまい、本来の<長崎の保存>の課題を
見失ってると、言えるでしょう。 住民と連携した取り組みが、ぜひ、必要なのです。


 長崎は、目先の観光客目当てではなく、他の府県のように、都市計画の中で、将来を
見通し、保存、景観、遺産、更に、建築物に対しての制限等に、反省を加え、もっと関心
を払うべきでしょう。港の中心付近には、ひとつポカ-ンと超高層ビルが、我が物顔に
そびえ、誰からの目で見ても、明らかに、港の景観を損なっている情況があるのです。

 行きあたりバッタリに、過剰に、目ばえの良い、飾り立てた旧跡、名所は
親しみが無くなり、やがて、信頼をなくしていくことになるでしょう。

 東京に住む、東平氏も口をそろえて、長崎は、ビルが多くなって
「絵を描く場所さえなくなった」「長崎が、泣いている」と、話します。
故郷・長崎を離れ、来崎した人達の多くが、感じることだろうと思います。

 残念なことに、木造洋館、長崎上海銀行、旧イギリス領事館、異人屋敷址、高島炭鉱社
等々、数えると、幾つもあるようです。それが、例え、古い柳の木一本でも、残すべきは
デザイン計画優先だけでなく、もっと、大切に考えるべきでしょう。
 このことは、これまで、小生の前の作品のところでも、主張してきたところです。

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 慣れ親しんできた古い大きな柳がなくなる。整備され、周囲にやせ細の柳が
植えられています。柳一本にこだわるようですが、この柳が、橋のたもとにあってこそ
眼鏡橋に風情と情緒が・・・。
 取り払われた、古木の柳とは、全く、貫録が、違いすぎるのです。            

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案内板 1846年 黙子如水が橋を架けた

 児童美術館を建てた人物は、恐らくこのことを知りえた上で、代わりに建てたのかも
知れない、 そう思ったりします。今現在、この美術館には、多くの人が訪れ、絵本を
買っていくということを耳にします。 この美術館への期待が膨らみます。

 保存には、難しい問題。<時代の流れ><財政の問題>があるというこも承知しています。
 何千億という、大型建設プロゼクトに使うことを見直し、故郷を懐かしいと、思う気持ちを
持ち合えるような、そして、「長崎は、良かばい。」と、感じられるような長崎へと、しっかりした
舵切りが、いるのではないかと思うのです。


 古い歴史のある京都や、石川の金沢とは、いかないまでも、歴史のある長崎・郷土長崎として
の在りよう。< 歴史のあること>に、胡坐をかくことなく、謙虚に、各地から、学び取っていく。

 古くから、長崎は、「文化の窓」と称せられ、そのことが 名実共に、受け継がれていくように願うものです。

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画家・東平哲弥氏と半島めぐり-続き [写真]

「海を見たい」という願いで、半島巡りをして来てたのでしたが、東京中心の暮らしで
あるので、特に、海を恋しく思うことが、強い思いとしてあったのでのでしょう。
成程、彼の身で考えてみると、郷里は、平和の願いと、港町の長崎。ず-っと長崎を
描き続けてきた理由が・・・・、惹かれるのは波の音と、港の油の匂いのする港だと。
次には、途中に、端島、高島、そして、長崎半島巡りに、出かけることにしました。

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以上、端島(軍艦島) 注、炭鉱時代、太平洋戦争当時、米軍が軍艦と見誤って、魚雷を
打ち込んだことから、軍艦島と呼ばれている。無人島だが、現在、観光資源として使われている。

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以上、長崎半島-野母崎町・椛島漁港  岸壁の人物は、東平哲也氏
ここは、高級海産物「 からすみ」の産地。 さかなは、長崎だけでなく、関西、関東へ。

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 画家・東平哲弥氏と紹介しましたが、彼自身が、自分は、画家でなく「絵を描く職人」であり
別名「ボヘミアン」を自称する。

 人は、悲しいこと、苦しいこと、耐えることを知り、また一人で生きていけないことをも知る。
どんな時でも、愛するものを自分に、見つけ、語りかけ、互いに、勇気を持っていこう。

 自分は、小さな花かもしれないが、光っていたいと・・・。 「あした天気にな-れ」と、心から
人間社会に、向かって叫んでいる。この中で、絵を描いているような気がする。
                                   -東平哲弥氏の手紙から紹介-










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東平哲弥氏と半島めぐり-続き [写真]

明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いいたします

 次には、たっての希望で小長井、雲仙普賢岳が眺望できるところという
ことで出かけました。有明海の小長井から諫早干拓にかけての一帯。
自然・環境破壊について、かなり心を痛め、確かめたいという思いが
あったようで、多良岳とならぶ、山頂-山茶花高原まで登ってみました。
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山茶花高原の様子、右側に大きな堀があって、釣り人が2人。70センチあろうかという
鯉を、釣り上げていて、リリ-スするのを見ました。
スケッチする場所に、釣り人の車が置かれてあったので、やむなく「残念と」一言。
とどまって、スケッチすることを諦めたようでした。

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諫早干拓のいわゆる「ギロチン」という、干拓のための堰のの一部で堤防が
対岸、普賢岳めがけ、島原半島の付け根まで、数キロ延々と、続いています。
海が汚れ,荒廃しいるのが、ひどく、目立ちました。

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カキの筏でしょうか、残骸みたいに残っているのが,物悲しく感じられました。
周りには、ほとんど、筏らしきものは、以前と違って、見当たらなくなっていました。
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スケッチしているのは、東平哲弥氏。有明海の対岸、雲仙普賢岳を望んで描いていました。
お天気が、良くなくて、晴れ間の間をねらってのスケッチは、雲かすみに泣かされていました。

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冷たい風が吹いていましたが、恰好の場所、岸壁の上でスケッチした、彼の作品の一枚です。
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画家・東平哲也氏と長崎海岸めぐり-続き [スケッチ]

次に、神の島を巡ることにしました。ここは、長崎港の対岸にあり、以前は、市営の
交通船で渡るという不便な地域でした。トンネルが通り、広く埋め立てられ、便利に
なっています。この教会の歴史も古く、遠くから入って来る、船の目じるしの役も
果たしてきました。高い崖の上に、そびえる建物はとても美しいです。
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撮影しているのは、東平哲弥氏です。クリスマス前で、デコレイト、イルミネイトが
準備されていました。

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教会の内部です。

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手前埋め立て、遠景(港の外側)編集・更新の期日が、前後しているのをお許しください。
次は、小長井、諫早干拓地をめぐります。
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クリスマス長崎港夜景 [写真]

毎年のことながら、クリスマスの長崎港のイルミネ-ション
を見物にでかけました。撮りが良くないですがご勘弁ください。
時刻が早かったこともあって、見物客は,割合い少ないように感じられましたが、店内や屋外の
テラスでクリスマスを楽しんでいる家族やカップルは多かったようでした。  -出島ワ-フから-

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-対岸の稲佐山の展望台から-   撮りが悪くて申し訳ないですが、上と下でつながった夜景
です。
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東平哲弥氏と長崎の海岸を [写真]

 東平哲弥氏が、何度も出かけたという伊王島から巡ってみることにしました。当時は、船でしか
渡ることができなくて、苦労したと言っていました。1枚の作品を仕上げようという一念で、何十回と
通ったと聞いて、作家の努力を伺い知ることができました。
ここは、長崎港の離れ島でしたが最近になって、立派な橋が架けられ通行が自由になりました。

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一望したところ、洒落た感じの外国の風景を、思わせるような雰囲気があります。ホテル
レストラン、カフェ、サイクリング、テニスコ-トなどの施設があり、レジャ-客が多く訪れます。

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この構図のところからの絵と教えられましたが、道無き道、急勾配の地形、草が背丈くらいぐらい
生い茂り、たどり着くのがやっとでした。こんなところでと、驚きでした。

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見上げて、カメラで撮影しているのは、東平哲弥氏です。正面で撮影したのもありますが
省略します。

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この教会は100年以上の歴史があり、長崎港の玄関口になり、一際、真っ白の建物が映えて見えます。

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橋を初めて渡ったということに満足し、冬のこの時期に、珍しく快晴で、ご満足の彼でした。
小生は、カフェで、一緒に飲んだコヒ-の味が、最高でした。


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東平哲弥・中村忠二・伴 敏子 交流展 続き

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 私の絵と人生の師 中村忠二 と 伴 敏子

中村忠治(なかむらちゅじ)
 私(東平哲弥氏)は、中村忠ニ氏と、上京して間もなく、上野の美術館で出会います。
地味な絵の前で、観ていたところ、声をかけられ、氏の不愛想で、幼子のようなところに
惹かれ、親交を深めます。
 その頃の氏は、水彩連盟を退会し、無所属でした。ひたすら自分の筆のままに、絵を
描いていました。もともとは、油彩の人でしたが、貧乏なため、油絵の具が買えず、水彩
の道を歩んだのでした。
 世界第2次大戦中は、軍部の要請による絵を描かなかったため、絵の具、紙の配給
を受けられなかったのでした。中村氏のもとには、中村氏の絵に魅せられた多くの
画家が、美を知る者同士の響き合いで、訪れました。
 「上手に絵を売る術も、人の情に甘えることもしえないで、非常識といわれるくらい切り
詰めることしかできませんでした。従って、妻、敏子氏もつましい生活でした。」
 東京練馬の畑の中にある東屋に住まいし、自分の絵や詩を描き綴った紙切れさえ
大事にしていました。 そんなところへ、絵の具をもらいにくる人達もいました。
 60歳を過ぎるころから、昆虫や草花や自分の生活の在り様に心の目を向けて小さな
絵に詩を添えることに熱中しました。昆虫や植物の勉強を重ね、上野動物園に通って
動物のスケッチをしました。 
 5冊の詩集を出版し、独自に、モノタイプ版画技法を編み出しましました。
 小さき、生きとし生けるものの命を掬い取ったのが、これらの作品でした。 蟻が行列
して物を運んでいるのを見、「ボクより先に働いている。負けた。」と言ってスケッチする。 
そのような小さな作品は、人々の、同じように幼子のような魂に触れて評判が高まって
いきました。
 現在では、絵手紙を楽しむ人達の敬愛の対象になっています。1975年、77歳で
生涯を閉じました。
氏が残した沢山のモノタイプの絵と日記が、私の手元に残されました。
 私は、氏の心を伝えるべく役目を、果たしていこうと、決意しました。
 その集大成のように、私は、かけがえのない故郷・長崎の同じような、小さき、生きとし
生きものの命の営みに、目を注ぐ場所、ここ、「祈りの丘絵本美術館」に展示できるのを
何という巡り合わせなのかと、考えています。

注、・・・モノタイプとは、ガラスに黒の絵の具を乗せ、(絵の具がガラスにくっつくように
たまごの白味とかアロエを混ぜます。)それを版画の版を彫るように削り取り、色をつけ
和紙に写し取ります。
作品は、一枚しかできません。とても根気のいる技法です。

 そのようにして、数々の作品を生み出し、残したのです。その評判とともに、氏の水彩や
墨彩の作品も一般に評価されるようになったのは、私には、喜ばしいかぎりです。

 石油コンロは、石油が切れると、暗あ-くなる・・・そのように人間もめしを食わぬと暗くなる。
しかし、少なくとも、芸術では、決してあせってはならない。一冊百万円かけて一人でも二人でも
同感者があれば、それでよし。メザシ3匹でも一飯は食える。( 原文のまま )

伴 敏子(ばんとしこ)
 子どものころから本を読むのが好きでした。思い悩んだのち、画家の道を選びました。
早くに、水彩画に才能を現した人でしたが、中村忠二の最も深い理解者でもありました。
1931年に結婚、3度離婚をし、三度復縁。彼女から忠二への思いの深さ、うらみつらみを聞か
されるのが、私の役目だったのでしょう。 私は、むしろ彼女のアトリエへ足しげく通いました。
彼女と話をするのが楽しかったからです。「生きていくということは、社会に生きている人々を
愛していくということ」「人々の痛みを知るのは、自分の痛みを乗り越える力になる」というような
ことを、話してくれました。
 戦後、ずっと、平和運動と反核運動にかかわり続けました。そんな、伴 敏子の作品には
ヒュ-マンな精神が息づいています。
 明治の生まれの女性ながら、女性も自立して社会で生き、人々の役に立つ人でなければ
ならないと考えていたと思います。
 死後にも、社会に役立てたいと願い、医学のための献体を望みました。今、慈恵医大の
病院内の慰霊塔に眠っています。
 中村忠二の作品を世に知らしめることを、私に託して、1993年、私の家族に看取られて
永眠しました。

2013年11月6日「東平哲弥交流展中村忠二と伴 敏子」開催に寄せて   画家 東平 哲弥 


以下、両氏の作品の幾つかをご紹介します。

中村忠二の作品 DSCN1098.JPG DSCN1103.JPG DSCN1107.JPG               伴 敏子の作品 DSCN1104.JPG DSCN1105.JPG DSCN1106.JPG                                                   注、中村忠二(1898~1975) 姫路出身。    忠二が世を去った後、多くの人々に感動を与えた。       姫路市立美術館・東御市立梅野記念館    新潟県立近代美術館・兵庫県立美術館    富山市立美術館・練馬区立美術館等、    収蔵している。         伴 敏子(1907~1993) 東京出身    中村忠二夫人であり、水彩連盟顧問。    日本女性の自立運動の人。   ・ 童話館の代表 川端 強氏のご協力で    中村忠二・伴 敏子の作品が常設展示されます。    皆様に観ていただけたら幸せです。                東平哲弥(長崎出身)
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東平哲弥・中村忠治、伴 敏子交流展 [油彩]

 東平哲弥・交流展の続きです。
 前のところでは、お知らせだけでしたので、内容と作品について
ご紹介をいたします。  本来、撮影は、禁止なのですが、特に、許可をいただきました。

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 会場の「童話美術館です。」長崎では、ちょっと変わった、エキゾティックで、目を引く建物です。
 大勢の親子の来館者で、賑わうところです。
 前の通りは、大浦天主堂、グラバ-邸などの観光者が、ひっきりなしに、行き交うところでも
あります。 はめ込まれたステンドグラスが、とても素敵です。

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   案内状の作品  「伊王島の教会」     ・ 写真の写しが悪くて申し訳ないです。
 

   2階 会場の一部
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  2階階段上り口に  「8月9日」の祈り」  テラコッテ

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              「福島の原発に思う」   オブジェ

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                  東平哲弥の略歴


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  「ボヘミアン」--貧乏人 フランスへ留学した時の作品  
              自らも自称していて、画家と言わず、絵を描く職人であると・・・・・・

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             「 大浦天主堂 」


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               「 伊王島の教会 」

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               「 長崎の港 」


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           「 赤い風のとおる通り 」- 旧イギリス領事館通り


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            「 伊王島の教会 」


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            「 伊王島の教会 」


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              「 長崎の港 」


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             「 東山手の通り 」


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            「 東山手風景 」 


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             「長崎 冬の海岸通り 」


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            「長崎 出島ワ-フ 」


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         「大浦天主堂通り 」 ・トップの写真 - 正面は、旧長崎上海銀行
                    


 今回の個展は、「故郷への感謝を描き続けて」のタイトルで、多くの長崎を描いた作品の中から
幾つかを、特に、選んでの展示でした。
 備え付けられているケ-スには、和紙に墨汁で描いたスケッチや、水彩画、故郷への思いを
記した手記など、所狭しと、展示されていました。
 また、中村忠二・伴 敏子氏の作品は、写真・紹介とあわせて、大小、数十点が隣室に掲げられ
両氏との交流の軌跡が、より重厚さを、醸し出していました。
 両氏の作品紹介は、次に譲ります。
 重ねて、写真の撮り、編集等が拙くて、申し訳なく、お詫びを申し上げます。
 どうか、お許しください。
 




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ハウステンボス [水彩画]

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二年間のブランクがあり、久しぶりに記事の更新をいたしました。
PCが壊れ、買い替えました。新しい操作、記事の書き方など、忘れたりで
閉口しています。

 以前からすると、観光のル-ト、施設・設備の多角化が図られ、合わせて
幾らか料金の改定がなされ、ウ-ンと黒字の経営になってきたそうです。
 でも、まだ入場料金が高いので、何度も出かけるということもできません。
他所から観光にこられた知人を、案内するという、特別な時でなければ
なかなか、出かけることができません。特に、最近は台湾、韓国からの
ツア-大勢の観光客で、大変混雑していて、私たち日本人は、少なく
新婚さんや若いカップルの人達ぐらいです。この状況は、此処のみならず
長崎のいたるところに見られるようで、街中の通りの賑わいは、昔のことの
ようで、中心街・商店街は薬屋さんと100円ショップばかりが目立ちます。
もちろん、大型の店舗はあっても、多くは郊外と中心部から遠いところです。
 若いころの私たちは、街へ行くには着飾って出かけたものでしたが
時代でしょうかね、グチの多くなった年齢のせいでもあるのでしょうかね。


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東平哲弥・交流展

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 ご紹介します。長崎の方、ぜひお出かけください。
 彼は、高校時代から野口弥太郎画伯に師事し
東京で活躍。多くの作品のうちから故郷・長崎を
描いたもの。 当時から親交のあった、中村忠治
伴 敏子、 両氏との交流展を開いています。
小生の幼友達で、何十年ぶりの再会でした。
期日-11月6日~12月1日
会場-長崎市大浦天主堂近く、童話美術館です。

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温泉の町‐小浜 [水彩画]

湯煙と足湯-小浜温泉
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ひさしぶりに、島原の小浜・雲仙へドライブに出かけること
にしました。というのも、大きい車を手放すことで、お別れ
のドライブなのです。(事情あって、小さい車へ買い替え)
 愛車への未練残しての泣く泣くのドライブ・・・・。
島原・雲仙というところは、急な坂道、急カ-ブの難所
でも知られています。気持ちとは裏腹に、上天気でした。
 お目当の二つめは、最近噂されている、長いなが-い
足湯にお目にかかることで、三つめは、地元海産物の
買い物をすることでした。
 愛車と楽しいドライブも最後かと思うと、複雑な気持ち
での運転でした。(どうも晴れ晴れとはいかない)
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 足湯は、海岸沿いに、以前スケッチしたところの
埋立てられたところに、大規模に設置されていました。
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DSCN0716-小浜海岸.JPG

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湯を取り入れるド-ム、そして、足湯の通り道が全長
105m造られていて、その長いのには、驚きました。
説明がされていましたが、湯の温度が105度という
ことから、決められたのだそうです。
-観光案内看板の後ろが、スケッチ写真のホテル

DSCN0694_sh01‐足湯.JPG

 足湯で、自分の足は暖まりましたが、車であるアシ
は、大変な湯冷めにあってしまったようです。
 水彩スケッチを描いてみましたが、愛車3500ccが
1300ccになる寂しさの気持ちが、モノ寂しい温泉場
風景になってしまいました。 どうかお許しを・・・。
 土産に買った烏賊の煎餅が、とても塩っ辛いです。


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011年のクリスマス [写真]

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 今年は良い年

 年が明けたのに 記事が後になりました。
 どうもすみません。今年もよろしくお願いします。
DSCN0730-クリスマス夜景2.JPG
DSCN0731-クリスマス夜景3.JPG
 
去年は、震災のこともあって、クリスマスの飾り
イルミネ-ションは、ひかえめで、もの寂しく
感じました。教会では、静かなミサが行われ
 港埠頭にある喫茶店・レストランからもれる
照明と賑わいも、前年とは違ったものでした。
<ガンバレ東北>の明かりが、一段と輝いて
海面に映っていました。
 寒空での岸壁沿いに、人通りはあったよう
でしたが、ひっそりとして、少ないものでした。
店を覗きながら、海岸を歩き、とうとうコ-ヒ--
ショップにも入らずじまいで、家へ帰りました。

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長崎の電車 [写真]

明治の電車が
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電車グッズが売り出されています。 興味のある方は、下記で検索を

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送料は無料だそうです。 記念行事のながさきからの 
お知らせでした。

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秋から冬へ [写真]

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 今年は、どちらかというと、暖かい秋の日が続いて
ことのほか、短い秋の感じでした。
 庭のモミジも紅葉が遅く、待ちかねるように
眺めたものでした。
 上3枚の写真は、佐世保の鹿子前の港風景と
九十九島ですが、夏のような季節を思わせる日が
あったと思っているうちに、やっと、モミジが色づきました。
 秋を楽しもうと思っていました。いつもは、いくらか
長い期間、紅葉を楽しめたのでした。
 今年は、強い風の吹く天気あって、3日で散り始め
残念に思ったことでした。
 秋は、瞬く間に・・・・・。冬、そして、今年も残り
少なくなりました。1年過ぎるのが早いですね。
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東山手から [水彩画]

SSCN0213.jpg
  
 オランダ坂を上がっていくと、目の前にもうひとつの山手が
広がります。ここが、南山手です。
 大浦天主堂、グラバ‐庭があるところで、絵が小さいですが
おわかりになるでしょうか。  眺められる処なのです。
 最近、地域の人や観光客のための道路整備とあわせて
エスカレ-タ-、エレベ-タ-が、備えられて、坂の長崎の
不便さを、解消までいかなくても、わずかに支えています。
手前のエントツと屋根は、以前に紹介した異人屋敷群址です。
坂になっていて、くだって行くと、オランダ坂につながています。
石畳は、最近のものですが、レンガ塀は、昔からの歴史のある
ものだと、伝えられています。
 春過ぎくらいから、体調をくずし、白内障の手術を終えて
一息したと思ったところで、別の病まで.....。
 まったく病院にはかかったことのないことを、自慢して来た
のでしたが、初めて入院というものをいたしました。
手術、リハビリを経て、7、8月からコ-ト整備をし、テニス球出し
を、やっと開始できるようになりました。
迷いながらも、ぼちぼち、ゆっくりやるかと、書いてみました。
 
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テニスコート近くのスケッチ [水彩画]

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長崎の原爆中心地・公園の隣り合わせに
コートがあります。
     長崎に流れる浦上川が反対側に、丘の上には
活水中学校・高校。
     長崎では、大学部に合わせたエキゾチックな建物で
知られています。
    
    DSCN0391.jpg
    
     休憩時に撮ったものです。アルカイダではなくて
私の球出ししている 若いお母さん達と、退職組の
仲間たちです。
     このスタイルでしたから、撮りは、すぐ、OKがでました。
ここ、新学期, PTAやら、運動会やらで、お休みもいますが
頑張っています。

   DSCN0395.jpg

     スケッチが、付け足しみたいになって、お許しください。

  
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大村城址 [写真]

続きをどうぞ
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 もともと、ここは、大村一族が住んでいました。1670年代には
大村純長が、藩校を建て、家臣の教育を行いました。この藩校は
全国で7番目、九州では、最も、古いものです。
 1673年以降に、数千本のサクラが植えられ、1700年代に
なってから、ある国定の庭園と同じように、築山、池が造られ
江戸時代の大名庭園の名残を残しています。
 現在では、教育関係の研修所、市役所など、季節には、サクラ
ツツジ、ショウブの美しいところで知られていて、特に、ぼんぼりの
灯る庭園の池、夜桜見物で、県民の憩いの場所になっています。

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大村公園の菖蒲 [水彩画]

ちょっと時期が早かった

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5月の連休は、テレビによると、何十万の人達が外国へ。私も外国へ
行きたいと考えてから、十数年がたってしまいました。
いつもそうですが、混雑、渋滞、節約を考えます。長い連休をどう過ごすか
かなりの難題です。基本的には、テニスは休みなのです。
 そこで、PHP、新潮、角川、文庫本を買って来て、本読みに浸ることに
しました。「独り言のこと」「恥をかかないこと」「覚悟を決めるとき」のこと
など、勉強させてもらいました。ゆっくりと、時間のたつのも忘れて、過ごす
のも、いいもんです。年寄りのここが、知恵であり、覚悟なのでしょう。
我ながら、自分を褒めることにいたしました。
煙草を止めて、7ヶ月。寂しさがありますが、コヒーと手作りティラミスで
我が家の縁で、過ごすことにしています。布団干しに、精出しもして
息抜きに、渋滞避けて、大村空港へ。 お城の菖蒲などながめてこようと
ドライブがてらに出かけました。まだ、ちょっと早かったようで、聞くところ
では、6月に入ってからだということでした。

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庭にも春が [写真]

木蓮が、もうすぐ

 芝生に、ゼニゴケが、所かまわず、勢力を広げるので
 今年の芝の張替えは、徹底して、ゼニゴケと苦闘して
根こそぎにしたのでした。と言うのも、雑草取りの薬
撒きすぎて、肝心の芝まで、枯らしてしまったのでした。
レンガを敷き、庭つくりの真似事を、してみましたが
かなり効果が、あったものの、芝の育ちが、その為か
悪かったようです。

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 表の方は、チューリップが、過ぎてしまって、名前の
判らない草花で、どうにか、賑わせてもらっています。
 水がめには、生き物はまだ、飼っていなくて、正月
に、門松に、使った竹の残りで、かぶせフタを、編ん
でみて、当てているのですが、材料不足でした。
 本当に、庭の手入れというのは、大変です。
 長崎は、例年になく、殊のほか、寒い冬でした。
やっと、水仙、チューリップと、咲き、木の芽がふいて
暖かい春の来たのを、感じているところです。

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 そこで、いつも、バウンドケーキが主流でしたが
シュークリームを、作って、楽しんむことにしました。
ついでに、淹れたてのコーヒーは、いつものイン
スタントでなく、奮発しての、ブルーマウンティン
手回しのミルで挽き、私の焼いた、コヒーカップで
と、気取ってみました。
 しかし、何かが、足らないのです。それは、言わ
ずと知れた、タバコでした。
11月に、パイプを、きっぱり、止めたのでした。
やっぱり、寂しい気がします。
 使わなくなった、パイプとライターを、うらめしく
思い浮かべたりしている小生です。
 テニス生からは、ジー臭くないと、褒められて
それに、合わせて、暮らしていかねばならない
ようです。




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ガレージを利用 [彫塑]

      ガレージの壁を利用DSCN0332.jpg

 車一台分が、空いているスペースを、何とか
しようと考えていたところでした。
 ホームセンターあたりに出かけ、ドリルを
物色したりしたのですが、安いものから、大変
高額なものまで・・・・・。 ちょっと、手が出ない!
 面倒にも、思えたりして、放っていたところ
友人が、ドリルを、もっていたので、作業して
もらいました。
 古い作品を、部屋積みにして置くのもと
思って架けてみました。
 上の写真は、奥の突き当たりの部分です。

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 下の写真は、入り口左側のものです。
イーゼルを置いて、「ご自由に、ご覧ください」と
スケッチブックの表紙に、書いて、案内をしています。
壁にはチョークで、ブログのアクセスと、JR長与駅の
展示を、書きなぐったりしているのですが
見えますかね。判りづらいですね。

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  物足りないので、彫塑「女性の像」と、使い
古した、パレットを、一緒に架けてみました。
 他の看板には「硬式テニス、水彩、油彩、
陶芸、習字、麻雀を、お教えします。」と
していますが、 今のところ、テニスと、料理で
10名ぐらいです。
料金は、ボランティアですので、勿論、無料です。

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南山手から [水彩画]

           大浦天主堂
IMG_1009.jpg  表玄関から見た天主堂

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                グラバー邸より見える天主堂

IMG_1010.jpg 裏側から見た天主堂

  開国によって、各地に、外国人居留地ができ、長崎では、大浦に
造られました。日本人には、まだ、キリスト教の信仰の自由は、認め
られていなかったが、外国人には、修好通商条約によって、信仰の
自由と、居留地に、教会を建てることも、認められた。
 長崎の教会は、フランスパリ外国宣教会でした。主たる目的は、極東
アジア地域諸国に、布教に、身を捧げる、神父養成学校であったと言わ
れ、遠くフランスのパリから、日本で、キリシタンの子孫を、探し出して
布教を、することであったと、言われている。

1863年に、日本26聖人殉教のために捧げられ、「日本26聖人教会」
と、名づけられ、3つの塔に、十字架が、輝き、祭壇の後ろの、ステンド
ガラスを通して入る、初めて見る、太陽の光の美しさと荘厳さは、人々の
目を、見張らさせたと、伝えられている。ー【旧大浦天主堂】

 創建当時のことでは、信者探しも困難を極め、見つからなかった。
 天主堂の建築に、直接、携わった大工、川原久米吉さえも、自らが
信徒であることを、隠そうとしたが、役人にロザリオを所持しているのを
見つかり、捕らえられたという。また、キリスト教の信徒達は、遠藤周作
の小説や、「浦上4番崩れ」で、知られているが、厳しい弾圧と、迫害を
受けることになって、多くの殉教者が、出ることになる。
 1868年に、明治新政府からは、御誓文が出され、その中には、キリ
スト教の禁止という内容が、書かれてあって、ここから、浦上信徒の
弾圧が、始まることになる。罪を犯したわけでもなく、それは、単に、キリ
スト教を、信仰しているというだけで、何千人の信徒が、捕らえられ
拷問を受け、さらに、日本各地に、強制、流配されることになった。
長崎の浦上の地を、追い出され、「ころび」・改宗しなければ、自分の故郷
長崎の地・浦上へは、決して、戻してもらえることは、なかったと、言われ
ている。

 金沢、富山、名古屋、和歌山、姫路、鳥取、岡山、徳島、山口、鹿児島
など等、全国に及んだ。ー長崎では「旅」という。しかし、厳しい拷問
改宗にも、めげず、ひたすら、旅人は信仰を守り通したといわれる。
現在、島根の津和野にも、長崎の大工が、建てたという、有形文化財の
立派な教会があるが、殉教者は、とりわけ、多かったといわれている。

1879年に、構造上の問題と、信徒の数の増加によって、建て直お
されて、現在の姿のものになったが、現存する教会では、日本最古の
天主堂であり、歴史的、文化的な価値からして、国宝に指定されていて
殆どの、多くの観光客が、訪れる場所でもある。
 1枚目の写真のように、土産物屋の通り、レストラン、ホテルなど、綺麗で
見物の通りや建物の姿でなく、3枚目の裏の写真のように、殉教のあった
場所であり、処であったことにも、目を向けてもらえると、長崎を訪ねた
かいが、あるように、思われる。

 私が、幼い頃(戦時中から高校生時代まで)は、「ここには、近づくな」
「怖いヤソがいて、さらわれるぞ」と、脅され、教え込まれてたり、異人屋敷
洋館の屋敷、暗い木立や古びた洋館建ては、こわごわ、覗き見したりして
来たものでした。当時は、ユウカリの樹、楪の樹の匂い、石炭、コール
タールの匂いでしたが、現在では、この辺一帯、カステラと、ピッザの匂い
で、いっぱいです。
 昔は、絵の場所を元気に、探し回ったものでしたが、最近は、坂道が
探し回るのが、つらくなってきました。絵にある、グラバー邸のエスカ
レータ、エレベータについても、私自身、批判的でしたが、つい使います。
 ご存知のように、長崎は、平地が少なくて、坂、階段が、多いですから
聞くところによると、この地域に住む人達の高齢化が、問題で、生活道路
としてと、観光客の方々のために、備えられているのだそうです。
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DSCN0218.jpg外国人居留地址
マリア園、天主堂、グラバー邸のすぐ近くにある、外国人居留地址です。
立て札には、ここは、ロシア領事館領であると、書かれています。





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南山手風景 [水彩画]

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聖マリア学園
 明治6年(1873年)に、切支丹の禁制が解かれると、イギリス
オランダの宣教師達は、いち早く、長崎へやって来ました。
 最初は、新教系メソジストで、少し遅れて、カソリック系の
ミッションスクールを、いくつも創設、開校させました。
 その中には、旧くは、孤児院、牧師養成のものもあったそうです。
 このマリア学園の建物は、長崎の歴史を語る、数少ない価値
あるものの一つです。すぐ近くにあった、昔風の建物が取り
壊され、港を望む景観を、損なうようになっていることにも、出く
わしました。
DSCN0231.jpg
 前の作品で、紹介しましたが、木造洋館は、この辺り一群の
ものなんです。東山手の景観が、建物や新建材の建築物で、遮ら
れていることに、今に、始まったことではないのですが、次々に
なくなっていっています。
 東山手の風景に、寂しさと、口惜しさを、子ども時代の頃を
懐かしみながら、石畳の道を、歩きます。
 長崎では、竜馬様々のことで、夢中?、そんな流行に、振り回
されてと、思ったりしています。
あとの写真は、マリア園のすぐ下に、広がる長崎港を、絵を
含めて、気分直しに、見ていただければと・・・・。
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唐比から普賢岳 [水彩画]

   何年か振りの大雪でしたDSCN0206.jpg
     1月13日の朝の様子 
前日から 日本列島は、冷え込む予報が出ていました。去年は、
1月元旦の日が、雪でしたが、こんなに、ドカッと降ったのは、久しぶりでした。 
あたり一面真っ白で、3日間は、すっかり、閉じ込められてしまいました。
翌日は、お天気が良くて、空が綺麗でした。「雪の日の次は洗濯日和」とは
よく言ったものですね。

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 橘湾の向こうに、小浜温泉街、さらに、その後ろは、雲仙普賢岳です。
 普賢岳は、いつも、このように、噴煙、雲、ガスに覆わて、見えるのです。
 手前は、チサンC・Cゴルフ場で、ラウンドしている人が、いました。
 長崎市内からは、小浜温泉、雲仙だと、約2~2時間半で、行けます。
 この高台の地域は、ジャガイモ、にんじん、玉葱の産地で、メークイン名の
 ジャガイモは、全国的にも よく知られた所でもあります。美味しいです。
 見下ろせる、唐古の田んぼ、さながら、畳を敷き詰めたように、美しく
雄大な景色で、訪れる人たちを、楽しませてくれます。
 絵では、到底、及びませんが、大体のところがわかっていただけると
いいですが・・・・。 
DSCN0300.jpg

 水彩 F6で、作品が、小さ過ぎました。申し訳ありません。

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東山手風景 [水彩画]

    SSCN0213.jpg
             水彩 F6
オランダ坂-表紙.JPG

  ここが、長崎の観光スポット「オランダ坂」です。写真を撮ったのは、6月頃だったと思います。
左の石垣は、昔のままのものですが、石畳は、幾度も改修されてきました。もともと、砂岩質の
でこぼこの、出来たものだったんですが、ここを、歩くことで、ころんだり、怪我の心配から、きれいな
石畳に、作り変えてあるんだそうです。 下のほうの道を、登っていくと、上の絵のところへ出ます。
最近、特に、建物が、立て込んだりして、長崎の木造洋館建てを、眺めるのも、大変,苦労するところです。以前は、すーっと、一望できたんですが…少し、わかりにくいと思いますが、絵の右側に
東山手の大浦天主堂を見つけることができ、前方右の山手には、グラバー邸が、望めます。
 ここも近代的か、どうなのか、わかりませんが、エスカレータ、エレベータで、昇り降りが出来る
ようになっています。ついでに、大浦天主堂近くから 旧上海銀行の建物、長崎港を、眺めたところ
なんですが、大層、窮屈にお感じになりませんか。

    IMG_0849東山手.JPG
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東山手より港1.JPG


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年賀 [写真]

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                       大分県湯布高原ゴルフクラブから
 明けまして おめでとうございます

  09年12月、友人3人と、癒しのゴルフに出かけました。 ゴルフも、久しぶりでしたが
どうにか、90台で終えました。長いこと、休んでおりました。
この間、ご迷惑をおかけしたところもあったかと思います。どうか、ご容赦のほど
お願いをいたします。精神的なものや、一身上の困ったことなど、色々と重なりまして
余裕がなくて、かまけておりました。 丸1年のブランクで、大変ですが、何とか、やって
みようという気になりました。 今後とも、よろしく、お願いをいたします。
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春は、まだ [写真]

初雪でした
長崎は、1月1日、初雪でした。私の家から見た雪景色です。
久しぶりに,、沢山に、降ったもので、絵にしようかと、思い立ってはみましたが、筆を握るのが
億劫になって、とうとう、眺めることだけに、終始しました。 ひとつ、年を取ったのに、逆に
怠け癖が、増えたみたいです。寒いと、どうしても、やる気がなくなって、いけません。
部屋から部屋へ、移っていくということ、エンピツとスケッチの用紙を、取り出す、絵の具を
広げるなど、これだけ、なんですがね。
玄関に、訪問客の気配がして、幸いに、思ったりするんですね。 全く、いけません。
折角の、どっさりの、初雪でしたが、「また、降る時が、あるさ」にして、済ませて、しまいました。 
正月、早々から、締まらない、お粗末なところを、お見せいたしました。 春になったら・・・。
下の作品も、古いんですが、春待ちの気分で、載せることにいたしましたが、どうか、お許しを。

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ハウステンボス巡航船乗り場
         
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                             油彩  F8   2005、3
                 
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夜明けの漁港 [水彩画]

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  2009年  
 明けまして おめでとうございます。      昨年中は、お世話に なりました。          今年も どうぞ、よろしく お願い いたします。
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