水のきれいな島原市へ [スケッチ]
日本列島は、関東を中心に、異常気象による何十年ぶりといわれる大雪。
それからすると、九州は、比較的被害が少ないので、贅沢は言えない。
寒くても、我慢をしていかねばと思う。
お天気を見ながら、車を走らせてみることにする。考えると、遠出も、ずっと
いままでからすると、回数が減った。ガスの値上げが原因だが、長崎はガスが
全国一高い県だそうだ。何とも解せない話だ。
港は、沢山あって、陸揚げには不自由しないが、離島がたくさんあることが
理由らしい。お隣の佐賀、福岡と比べても、かなりの差がある。
おまけに、小生の車は、ハイオクタンときているので、最悪も最悪。
これも、思わず、知らずのうちに、年よりのグチになってしまう。
天気は、良いが、風が冷たい。有明海を右手の見ながら、唐比、愛野、レインボウ道路経由で
車を走らせる。正面は、雲仙普賢岳。手前は、愛野の展望台。
下道は、信号が多いし、時間がかかるので、島原行は、このレインボウ道路を使うのに限る。
去年、東平氏と展望台で、ジャガイモのくしフライを、頬ばったことを思い出す。
島原へのお目あては「青い理髪店 」といわれる木造洋館の建物があるので
観てみたいというのがあって、帰りには、水の湧き出ているところを訪ねることだった。
+
成程、島原には、何度も来ているので、見逃すはずはないと思っていたが、立派な建物で
現役の床屋さんだ。もっと、古いものと考えていたのだが、しっかりして、堂々としている
のには、驚いた。
青いペンキの色と、歴史を感じさせる玄関の飾り造りは、風格があり、窓枠の形の良さに
も感心させられる。以前見たのでは、佐賀県鹿島市の浜町にあるのと、ほぼ、同じくらいの
ものだ。、しかし、まあ-よく残して、保存されたものだと、先人のご苦労に感謝する。
先のほうに見えるのは、島原城。
すぐ近くに、町家の酒の造譲処を見つける。町家は、完全ではないが、修復
されて昔の佇まいが残されている。
珍しいのは、軒下にある、竹で編んだ囲いが目を引く。今では、京都あたりで
ないと、お目にかかれないものだ。歴史を感じさせてくれる工夫が、されている。
町家の「しまばら湧水館」-。植え込みに囲まれた一角に見つけた庵。庭園に池があって
鯉が泳いでいた。 入場無料で、自由に這入って見物ができる。素敵なところだ。
スケッチしてみたが、拙作で、恐縮。ご勘弁を・・・・。
道端に、本当に、きれいな水が流れていて、そこには、自由に水飲み場としてあり、
鯉が、気持ちよさそうに泳いでいる。
観光客だけでなく、多くのここを行き交う人達が足を止め、清流で気持ちを、癒やしていた。
それからすると、九州は、比較的被害が少ないので、贅沢は言えない。
寒くても、我慢をしていかねばと思う。
お天気を見ながら、車を走らせてみることにする。考えると、遠出も、ずっと
いままでからすると、回数が減った。ガスの値上げが原因だが、長崎はガスが
全国一高い県だそうだ。何とも解せない話だ。
港は、沢山あって、陸揚げには不自由しないが、離島がたくさんあることが
理由らしい。お隣の佐賀、福岡と比べても、かなりの差がある。
おまけに、小生の車は、ハイオクタンときているので、最悪も最悪。
これも、思わず、知らずのうちに、年よりのグチになってしまう。
天気は、良いが、風が冷たい。有明海を右手の見ながら、唐比、愛野、レインボウ道路経由で
車を走らせる。正面は、雲仙普賢岳。手前は、愛野の展望台。
下道は、信号が多いし、時間がかかるので、島原行は、このレインボウ道路を使うのに限る。
去年、東平氏と展望台で、ジャガイモのくしフライを、頬ばったことを思い出す。
島原へのお目あては「青い理髪店 」といわれる木造洋館の建物があるので
観てみたいというのがあって、帰りには、水の湧き出ているところを訪ねることだった。
+
成程、島原には、何度も来ているので、見逃すはずはないと思っていたが、立派な建物で
現役の床屋さんだ。もっと、古いものと考えていたのだが、しっかりして、堂々としている
のには、驚いた。
青いペンキの色と、歴史を感じさせる玄関の飾り造りは、風格があり、窓枠の形の良さに
も感心させられる。以前見たのでは、佐賀県鹿島市の浜町にあるのと、ほぼ、同じくらいの
ものだ。、しかし、まあ-よく残して、保存されたものだと、先人のご苦労に感謝する。
先のほうに見えるのは、島原城。
すぐ近くに、町家の酒の造譲処を見つける。町家は、完全ではないが、修復
されて昔の佇まいが残されている。
珍しいのは、軒下にある、竹で編んだ囲いが目を引く。今では、京都あたりで
ないと、お目にかかれないものだ。歴史を感じさせてくれる工夫が、されている。
町家の「しまばら湧水館」-。植え込みに囲まれた一角に見つけた庵。庭園に池があって
鯉が泳いでいた。 入場無料で、自由に這入って見物ができる。素敵なところだ。
スケッチしてみたが、拙作で、恐縮。ご勘弁を・・・・。
道端に、本当に、きれいな水が流れていて、そこには、自由に水飲み場としてあり、
鯉が、気持ちよさそうに泳いでいる。
観光客だけでなく、多くのここを行き交う人達が足を止め、清流で気持ちを、癒やしていた。
画家・東平哲也氏と長崎海岸めぐり-続き [スケッチ]
次に、神の島を巡ることにしました。ここは、長崎港の対岸にあり、以前は、市営の
交通船で渡るという不便な地域でした。トンネルが通り、広く埋め立てられ、便利に
なっています。この教会の歴史も古く、遠くから入って来る、船の目じるしの役も
果たしてきました。高い崖の上に、そびえる建物はとても美しいです。
撮影しているのは、東平哲弥氏です。クリスマス前で、デコレイト、イルミネイトが
準備されていました。
教会の内部です。
手前埋め立て、遠景(港の外側)編集・更新の期日が、前後しているのをお許しください。
次は、小長井、諫早干拓地をめぐります。
交通船で渡るという不便な地域でした。トンネルが通り、広く埋め立てられ、便利に
なっています。この教会の歴史も古く、遠くから入って来る、船の目じるしの役も
果たしてきました。高い崖の上に、そびえる建物はとても美しいです。
撮影しているのは、東平哲弥氏です。クリスマス前で、デコレイト、イルミネイトが
準備されていました。
教会の内部です。
手前埋め立て、遠景(港の外側)編集・更新の期日が、前後しているのをお許しください。
次は、小長井、諫早干拓地をめぐります。
旧上海銀行 [スケッチ]
旧上海銀行
1862年以後の、「貿易御試船」の上海遣欧使節によって、欧米との
貿易をはじめとする、外国との貿易が、盛んになるにつれ、商取引に
必要な銀行が 建てられました。
明治、大正、昭和時代の3時代にわたり、繁盛し、栄えました。
唐人屋敷時代から、新地の華商の人達が、大いに、利用したに違い
ありません。
戦後は、商社や会社などの、所有の経過をたどって、無用の長物
みたいな扱いを受けながら、来ました。
最近になって、老朽化が、云々される中で、解体される ことが、決定され
ました。しかし、歴史上の遺跡として、「保存せよ」の市民の強い 要求運動
によって、補修がなされ、やっとのことで存続ができるようになったのでした。
現在、市の建物として、文化事業(オペラ、ジャズ、コンサートなど)の
会場 などに、活用されています。
参考までに、現在の写真を載せましたが、車道 陸橋などの邪魔なものが
建物の存在を遮って、ゆったりと、全体像が、眺められくなっていて、
とても、残念な思いがします。 F4 水彩 1989年
現在の旧上海銀行
1862年以後の、「貿易御試船」の上海遣欧使節によって、欧米との
貿易をはじめとする、外国との貿易が、盛んになるにつれ、商取引に
必要な銀行が 建てられました。
明治、大正、昭和時代の3時代にわたり、繁盛し、栄えました。
唐人屋敷時代から、新地の華商の人達が、大いに、利用したに違い
ありません。
戦後は、商社や会社などの、所有の経過をたどって、無用の長物
みたいな扱いを受けながら、来ました。
最近になって、老朽化が、云々される中で、解体される ことが、決定され
ました。しかし、歴史上の遺跡として、「保存せよ」の市民の強い 要求運動
によって、補修がなされ、やっとのことで存続ができるようになったのでした。
現在、市の建物として、文化事業(オペラ、ジャズ、コンサートなど)の
会場 などに、活用されています。
参考までに、現在の写真を載せましたが、車道 陸橋などの邪魔なものが
建物の存在を遮って、ゆったりと、全体像が、眺められくなっていて、
とても、残念な思いがします。 F4 水彩 1989年
現在の旧上海銀行